嬉野茶とは
佐賀県・長崎県で作られたお茶を嬉野茶と呼び、嬉野町や東彼杵町を中心に20ヶ所ほどの産地があります。 製造されるお茶は玉緑茶と呼ばれています。
嬉野茶の歴史
起源
1440年に明の陶工が嬉野町で茶の栽培を始めました。 その後、1504年に紅令民という陶工が南京釜による釜炒り技法を伝えました。 これが嬉野茶の始まりです。
吉村新兵衛による産業化
吉村新兵衛(1603〜1657)が嬉野町不動山地区の山林を拓いて茶樹の育成をし、茶業の発展に努めました。 これにより嬉野は茶の一大産地となりました。
吉村新兵衛の植えた茶樹が「嬉野の大茶樹」として現在も残っています。
嬉野茶の輸出
1760年、オランダ商社によって長崎から輸出され、1853年 長崎の茶商 大浦慶によって本格的に輸出されました。
釜炒り製から蒸し製へ
昭和初期頃まで嬉野茶は釜炒り製玉緑茶が中心であったが近年では蒸し製玉緑茶が中心になっている。

 釜炒り製玉緑茶と蒸し製玉緑茶の違い

緑茶を加工するとき、最初に殺青【さっせい】と呼ばれる工程で摘み取った茶葉に 熱を加えて茶の酸化を止めるが、この工程のときに釜で炒るのが釜炒り製玉緑茶 (釜炒り茶)で、蒸気で蒸すのが蒸し製玉緑茶(グリ茶)である。